今回は、我が家の四男の話をさせてください。
とにかく、勉強が苦手でした。
通信簿を開くたびに、1(えんとつ)と2(あひる)が仲良く並んでいる。
「えんとつとあひる、揃ってるね」
主人と通信簿を眺めながら、苦笑いするしかなかった…。
専門学校でも、状況は変わらず
高校を卒業して専門学校へ進んだものの——状況は変わらず。
追試を受けても点数が取れない。
なんとクリスマスの日に担任の先生から、
「このままでは進級できない」と電話が…。
クリスマスに留年の危機の連絡がくるとは…。
「この子は、勉強というものが根本的に向いていないのかもしれない」
正直、そう思い始めていました。
6人育ててきた私でも、さすがにそう思うほどでした😓
でも「向いていない」と諦める前に、もう少し待ってみることにしました。
「まだ方法が見つかっていないだけかもしれない」という、かすかな気持ちがあったからです。
次男が動いた
そんなとき、次男が動きました。
「俺、AIで学習アプリ作ってみる」
次男が四男のためだけに、AIを使って学習アプリを作ってくれたのです。
兄弟っていいな、と思った瞬間でした😌
四男はそのアプリで勉強しました。
結果——
今まで取ったことのない高得点。
80点とか90点といった、見たこともない点数を獲得したのです。
留年の危機は、あっさり脱出。
そして四男は、おそらく生まれて初めて、こう感じたはずです。
「俺、できるじゃないか」と。
「できない子」ではなく「方法を知らなかっただけ」
ここで気づいたことがあります。
四男は「勉強ができない子」ではなかった。
「自分に合った方法を知らなかっただけ」だったのです。
紙と鉛筆での勉強が苦手なだけで、アプリなら理解できる。
インプットの「形式」が違っただけで、能力は最初からあった。
通信簿の1と2を見続けた何年間は、何だったのか(笑)。
でも同時に、あの積み重ねがあったからこそ、アプリで点が取れたときの「俺、できるじゃないか」という感覚が生まれたのかもしれません。
アドラー心理学より
「できないのではなく、やり方を知らないだけだ」
人間には、生まれつき「できない」などということはない。
ただ、その人に合った方法がまだ見つかっていないだけ。
四男はそれを、留年の危機というギリギリの場面で証明してくれました。
「できない」と決めつけるのは、まだ早い
お子さんの成績が振るわないとき、「この子はできない子なのかも」と思ったことはありませんか?
それ、もしかしたらまだ「合った方法」に出会っていないだけかもしれません。
紙が苦手なら動画がいいかもしれない。
座って勉強が苦手なら、歩きながら音声で学ぶのがいいかもしれない。
暗記が苦手なら、ゲーム形式なら頭に入るかもしれない。
「できない」と「方法が合っていない」は、まったく別のことです。
四男がそれを教えてくれました😊
【この記事のまとめ】
通信簿の数字は、その子のすべてではありません。
1や2が並んでいても、
その子にしかない得意なことが、
必ずあります。
「できない子」なんていない。
「まだ出会っていない得意」があるだけです。
数字に一喜一憂しなくていい。
あなたのお子さんは、
今この瞬間も、確実に成長しています。

